思っていることを表現することが苦手だった。
もともとシャイな性格(あまり信じてもらえないが・・・)だったため、自分の思いを上手に伝えることができなかった。
作文とか読書感想文のようなものも、書いては消して、書いては消してしているうちに、なんとも堅くて味のない文章になってしまって、後で読むと非常に恥ずかしくなったことも多い。
こうやってブログを書くのもかなりの難しさを感じていた。というか今も感じている。
しかし、へたなりに、こうやって表現することは、実は「喜び」なんだってことを最近感じるようになってきた。
小説を書いたり、記事を書いたり、映画を作ったり、音楽を作ったり、そういった「表現すること」自体が、ある特定の限られた人しかできないものだったが、今はすべての人に表現する機会が与えられている。(少なくとも日本にすむわれわれには)
表現の自由を抑制されてきた時代もあった。
表現するということ。
自分の心の中の「モノ」を外に出してみるということ。
これは、ほんとに「喜び」なんだ。
だから、もうちょっとちゃんと更新しよう!!(⇒自分へ)
2008/04/18
雨の日も
雨降りは、幼心に嫌なイメージがありましたが、雨の日もいいもんだなあと心境が変化してきました。
雨は音がいいです。雨の音を聞いていると心が落ち着きます。
雨で靴が水浸しになってしまうと、気分が悪いことこの上ないですが、
おもいきって、全身で雨を浴びると、気分はこの上なくいいです。
そして、雨の日は植物が喜んでいる気がするので、草木のことを考えると気分がよくなります。「気持ちいい」 って声が聞こえてきそうな感じです。
曇りの日もいいところはあります。
「中途半端だなあ」というツッコミを入れたくなることもありますが、降るか降らないか予想してみることもできるし、曇り空から覗く太陽はとても神々しいので素敵です。
晴れた日は、やっぱり気持ちいいです。突き抜けた青い空は気分まで清々しくしてくれます。
暖かい日差しは、私の体を活発にしてくれる大切な栄養素です。
風の日も嵐の日も、雪がふったらもう、どんなハプニングがあるのか、考えただけでも楽しみです。
こう考えると、どんな天気の日も、考えようによっては楽しむことができます。
天気は自分の思い通りにならないので、そういう意味で自分の無力さを知ることができます。生きていること、生かされていること。 神様の前に謙虚であること。
神様が与えてくれた今日一日に感謝したいですね。
雨は音がいいです。雨の音を聞いていると心が落ち着きます。
雨で靴が水浸しになってしまうと、気分が悪いことこの上ないですが、
おもいきって、全身で雨を浴びると、気分はこの上なくいいです。
そして、雨の日は植物が喜んでいる気がするので、草木のことを考えると気分がよくなります。「気持ちいい」 って声が聞こえてきそうな感じです。
曇りの日もいいところはあります。
「中途半端だなあ」というツッコミを入れたくなることもありますが、降るか降らないか予想してみることもできるし、曇り空から覗く太陽はとても神々しいので素敵です。
晴れた日は、やっぱり気持ちいいです。突き抜けた青い空は気分まで清々しくしてくれます。
暖かい日差しは、私の体を活発にしてくれる大切な栄養素です。
風の日も嵐の日も、雪がふったらもう、どんなハプニングがあるのか、考えただけでも楽しみです。
こう考えると、どんな天気の日も、考えようによっては楽しむことができます。
天気は自分の思い通りにならないので、そういう意味で自分の無力さを知ることができます。生きていること、生かされていること。 神様の前に謙虚であること。
神様が与えてくれた今日一日に感謝したいですね。
2008/04/13
「言葉」のちから(1)
いつもはどんな言葉をよく使っているだろうか?
考えてみれば、言葉は心の表れです。
心に思っていることを声に出したら言葉になります。
ということは、どんな言葉を使っているか、ということはどんな心をいつも持って生活しているか、ということもできます。
心が健康で前向きなら、そういう言葉を使っているでしょうし、心が少し疲れていたら、そういう疲れた言葉を使っているかもしれません。
それでは、心が疲れているときに、元気な言葉を使ったらどうなるでしょうか?
自分で実験してみたことがあります。
「ありがとう」という感謝の言葉、「いいよいいよ」「大丈夫」という容認・許しの言葉、など色んな言葉で実験してみましたが、なかなか効果があります。
そういうことをやっている自分がおかしくなって、ちょっと実験結果が100%正しいものとは思えませんが、元気な言葉を使うと、心が少し前向きになれます。
人って、褒められたり、慰められたり、賛美されたり、賞賛されたり、感謝されたり、そういう言葉を聞きたい生き物なんだと思います。
なぜなら、そういう言葉を聞くと心が喜ぶからです。
だけど、案外そういう言葉を聞きたい自分なのに、そういう言葉をかけてあげていない自分に気づくこともあります。これって、ちょっと自己中心的ですよね。
だから、私たちの習慣として、良い言葉、元気な言葉、前向きな言葉を発信していきましょう。
自分にとってもいいし、相手も喜ぶし、いいことばっかりですよね。
今日今からすぐにでもできることだと思いませんか? さあ、今となりにいるその人に、一つ良い言葉を話してみてください。
気分いいですよね!
考えてみれば、言葉は心の表れです。
心に思っていることを声に出したら言葉になります。
ということは、どんな言葉を使っているか、ということはどんな心をいつも持って生活しているか、ということもできます。
心が健康で前向きなら、そういう言葉を使っているでしょうし、心が少し疲れていたら、そういう疲れた言葉を使っているかもしれません。
それでは、心が疲れているときに、元気な言葉を使ったらどうなるでしょうか?
自分で実験してみたことがあります。
「ありがとう」という感謝の言葉、「いいよいいよ」「大丈夫」という容認・許しの言葉、など色んな言葉で実験してみましたが、なかなか効果があります。
そういうことをやっている自分がおかしくなって、ちょっと実験結果が100%正しいものとは思えませんが、元気な言葉を使うと、心が少し前向きになれます。
人って、褒められたり、慰められたり、賛美されたり、賞賛されたり、感謝されたり、そういう言葉を聞きたい生き物なんだと思います。
なぜなら、そういう言葉を聞くと心が喜ぶからです。
だけど、案外そういう言葉を聞きたい自分なのに、そういう言葉をかけてあげていない自分に気づくこともあります。これって、ちょっと自己中心的ですよね。
だから、私たちの習慣として、良い言葉、元気な言葉、前向きな言葉を発信していきましょう。
自分にとってもいいし、相手も喜ぶし、いいことばっかりですよね。
今日今からすぐにでもできることだと思いませんか? さあ、今となりにいるその人に、一つ良い言葉を話してみてください。
気分いいですよね!
アニキ
2008/04/12
出会いと別れ
「出会い」を大切にすると、いいことがある。
「別れ」を大切にするといいことがある。
たくさんの出会いを大切にすると、知り合いが増える。さらに大切にすると友達が増える。
別れに関して言えば、最近はインターネットや携帯電話の普及などに伴って、遠くに引っ越しても海外に行ったとしても交流は続けられる。
そういう意味では、死という局面を向かえない限り、別れはないと言える。しかし、その死も意識しだいで別れということができないかもしれない。
出会いが入り口で、別れが出口だとすると、入り口は万客御礼、出口は閉鎖していれば、中身が充実してくる。
入り口をきれいにして、中身がエンターテイメント性に富んでいれば、つまり楽しく付き合っていれば、充実した人生を過ごせそうですね。
入り口と、中身と、出口。
全部重要そうだけど、やっぱ中身重要だなあ。
「別れ」を大切にするといいことがある。
たくさんの出会いを大切にすると、知り合いが増える。さらに大切にすると友達が増える。
別れに関して言えば、最近はインターネットや携帯電話の普及などに伴って、遠くに引っ越しても海外に行ったとしても交流は続けられる。
そういう意味では、死という局面を向かえない限り、別れはないと言える。しかし、その死も意識しだいで別れということができないかもしれない。
出会いが入り口で、別れが出口だとすると、入り口は万客御礼、出口は閉鎖していれば、中身が充実してくる。
入り口をきれいにして、中身がエンターテイメント性に富んでいれば、つまり楽しく付き合っていれば、充実した人生を過ごせそうですね。
入り口と、中身と、出口。
全部重要そうだけど、やっぱ中身重要だなあ。
2008/04/08
頭の回転
自転車に乗るとき、だだだ~っと走って、助走をつけて乗っていたこと覚えてますか?
そういう風にしか乗れなかった時期が私にはありました。コマなしの乗り始めの頃ですかね。
見ている人からすれば、とてもこっけいだったと思います。
一日があっという間に過ぎ去ってしまうように感じますけど、日々の生活の中で、充実した日と充実しなかったな~っていう日がありますよね。
そのことについて考えてみたら、充実した日ってのは、
しっかり
「助走」
していたんです。一日の最初に。
頭の体操というか、具体的には、読書と瞑想なんですけどね。精神的にもいいみたいです。そして頭が回転し始めるから、仕事もはかどるんでしょうね。
自転車でも回転し始めたら、乗っているだけで前に進みますよね。そんな感じで毎日過ごせれば、なんだからくちんです。
頭の回転を早くするための色んな工夫があったら情報交換したいです。
散歩とか運動とかもいいですよね。
今日の方程式
朝の読書=一日の助走
そういう風にしか乗れなかった時期が私にはありました。コマなしの乗り始めの頃ですかね。
見ている人からすれば、とてもこっけいだったと思います。
一日があっという間に過ぎ去ってしまうように感じますけど、日々の生活の中で、充実した日と充実しなかったな~っていう日がありますよね。
そのことについて考えてみたら、充実した日ってのは、
しっかり
「助走」
していたんです。一日の最初に。
頭の体操というか、具体的には、読書と瞑想なんですけどね。精神的にもいいみたいです。そして頭が回転し始めるから、仕事もはかどるんでしょうね。
自転車でも回転し始めたら、乗っているだけで前に進みますよね。そんな感じで毎日過ごせれば、なんだからくちんです。
頭の回転を早くするための色んな工夫があったら情報交換したいです。
散歩とか運動とかもいいですよね。
今日の方程式
朝の読書=一日の助走
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